こんにちは、Antoineです。
ブルゴーニュの畑の地図を見て、こう思ったことはありませんか? 「なんて細かく、複雑なんだろう。まるで京都の町屋のようだ」と。
ロマネ・コンティの隣にラ・ターシュ、その隣にリシュブール… 特級畑がパッチワークのように連なり、それぞれに何十人もの所有者がいます。 なぜ、ブルゴーニュの畑はこんなにも細分化されてしまったのでしょうか?
その壮大な謎を解く鍵は、一人の英雄が残した『遺産』にあるんです。 そう、彼の名前はナポレオン・ボナパルト。
今日は、フランス革命の英雄が、いかにして現代ワインの運命を決定づけたのか、その歴史のドラマを紐解いていきましょう。
革命以前 - ボルドーが巨大な城を築いた時代
話は18世紀、フランス革命以前に遡ります。 当時のフランスは、アンシャン・レジーム(旧体制)の時代。財産相続は「長子相続制」が絶対でした。
これは、家督と全財産を長男が一人で相続する制度です。 次男や三男は、軍人になるか、聖職者になるしか道はありませんでした。
この制度が、ワインの世界に何をもたらしたのでしょうか?
ボルドー地方を見てみましょう。 広大なブドウ畑と豪華な城(シャトー)を持つ貴族たちは、この制度のおかげで、世代を超えてその財産を維持・拡大できました。畑が分割されることなく、一つのシャトーとして、その名声を高めていったのです。
これが、今も「シャトー・マルゴー」や「シャトー・ラフィット」といった、巨大なシャトーがボルドーに君臨する理由です。
革命の雷鳴 - ナポレオン法典の誕生
1789年、フランス革命が勃発します。 「自由・平等・友愛」の精神が、古い制度を打ち壊しました。
そして、革命の混乱を収拾し、近代フランスの礎を築いたのが、ナポレオンです。 彼が制定した「ナポレオン法典(フランス民法典)」は、まさに革命の精神そのものでした。
その中に、ワインの運命を永遠に変える一文がありました。
「すべての子供に、財産を均等に相続させるべし」
長子相続制の廃止。 ナポレオンは、一部の貴族や長男が富を独占するのではなく、すべての子が平等に機会を得られる、近代的な市民社会を目指したのです。
彼は、まさかこの法律が、200年後のワインの価格を左右するとは、夢にも思わなかったでしょう。
ブルゴーニュの悲劇、あるいは喜劇
この「均等相続」の原則が、ブルゴーニュに何をもたらしたのでしょうか? 想像してみてください。
ある農夫に、2ヘクタールの畑と、4人の子供がいたとします。 彼が亡くなると、畑は4分割され、子供たちはそれぞれ0.5ヘクタールの畑を相続します。 次の世代、その子供たちにまた4人の子供がいれば…畑は0.125ヘクタールになります。
これが、ブルゴーニュで200年間、繰り返されてきたのです。 結果、かの有名な「クロ・ド・ヴージョ」は、50ヘクタールの畑に、なんと80人以上もの所有者がひしめく、という信じられない状況が生まれました。
所有する畑は、わずか数畝(うね)という生産者も珍しくありません。 これが、ブルゴーニュの生産者が「ドメーヌ(Domaine)」と呼ばれる理由です。彼らはボルドーのシャトーのように城を持つ領主ではなく、細分化された土地を耕す「領域(Domaine)」の主だからです。
日本文化との比較 - 土地と家の物語
「これは、日本の歴史にも似た話がありますね」と、京都の友人が教えてくれました。
武士の時代の「家督相続」は、まさに長子相続制でした。 家と土地を守るため、一人の跡継ぎにすべてが託されたのです。
しかし、戦後の「農地改革」では、大地主の土地が解放され、多くの小作農が自分の土地を手に入れました。 一つの法律や改革が、土地と、そこに生きる人々の運命を全く変えてしまう。 ブルゴーニュで起こったことは、まさにワイン界の革命であり、農地改革だったのです。
結論 - グラス一杯に溶け込む、英雄の遺産
「なぜブルゴーニュの畑は、あんなに小さいのか?」
その答えは、 「ナポレオンが定めた『均等相続』の原則により、200年間、畑の分割が繰り返されたから」 でした。
皮肉なことに、平等を求めた革命の精神が、ブルゴーニュワインに「希少性」という、ある種の不平等な価値を与えることになりました。 そして、この細分化された畑こそが、区画ごとの微妙な土壌の違い(テロワール)を際立たせ、我々ワイン愛好家を魅了してやまない、複雑で深遠な世界を生み出したのです。
ですから、次にブルゴーニュワインを飲むとき、そのグラスの向こうに思いを馳せてみてください。
そこには、革命に燃えた英雄の理想と、分割され続けた畑を守り抜いた農夫たちの営みが、見事に溶け込んでいるのですから。 まさに、歴史を飲むようなものですね。
À votre santé! (あなたの健康に乾杯!)
Antoine Renaud(アントワーヌ・ルノー) フランス・リヨン出身のソムリエ 京都在住3年目、日本文化を学び中
